ILL-BOSSTINO(THA BLUE HERB) MONTHLY REPORT 2016.01

NEW YEAR'S DAY!あけましておめでとうございます。

昨年も沢山のサポート、ありがとうございました。昨年の今頃はこれからチャレンジするソロアルバムへ向けての地点でしたが、みっちり1年をかけて全ての
ミッションを無事に終える事が出来ました。作詞、制作、宣伝、発売、そしてライブ。局面ごとに常に大きな決断が続きましたが、全て結果オーライです。
やり遂げた全ての仕事達に満足しております。俺に出来る事は全てそこに注ぎました。そしてその努力以上、報われました。44歳の日本人のヒップホップ、
新しい地平に到達出来た。何より、その過程を楽しめた。沢山の人達に手伝ってもらって、やりたかった事は全て出来た。俺の器を思うと、上出来です。

ラッパーを志してから20年以上経って、初めてのソロアルバムでした。これまでの長い旅で出会ってきた各地の強者達とのセッションは本当に楽しかった。
無論緊張感も全てのやり取りの中にあった。そして同時に、それを出来るという事、やってもらえる、やらせてもらえるという事に、今までやってきた事と
残してきた言葉達の真価を問われる日々でした。正直、高いお金でそれぞれの仕事を買ったというワケではありません。皆の実力や努力を考えると、逆に
とても安いお金でやってもらった、というのが実相です。だからこそ、そこにはヒップホップの持つ、簡単に言葉では表す事の出来ない、何というか、仁義
めいたものが介在していたのです。それは俺がヒップホップに憧れていた時からずっとヒップホップ自身に見出していた、ヒップホップの美学そのものです。
友情とも呼ぶし、人情とも呼ぶそれらを元手に創った、と堂々と言える。これは各ビートメイカーやラッパーとの仕事においてだけではなく、写真家、映像
チーム、デザインチーム、流通チーム、小売店の皆さん、インタビュアーの皆さん、ライブハウスやクラブの皆さんに至るまで、です。何というか、お金も
もちろんですが、それ以上の気持ちを受け取り、受け取られしていた感覚。そして、何より、それを売りにしていたワケではないのですが、自然とそういう
過程で創ったという事が、受け手、聴き手、買い手にも十分伝わっていた事が嬉しかった。ヒップホップにも破壊や過ちや禍根を修復する力があるって事を
示す結果となった。お涙ちょうだいじゃなく、ヒップホップそのものへの愛や、負けず嫌いや誇りを貫き通す事で、前向きなドラマを見出してくれる人が
いてくれた。世の中は腐り切っちゃいなかった。ヒップホップへの希望は、まだ生きていた。俺は1年を通してずっとそう実感していました。2000年前後、
ヒップホップが今よりもずっと隆盛を誇っていた時にいた沢山のヘッズと呼ばれるヒップホップを愛する人達、シーンの内外を問わず、日本中のどの街にも
沢山いました。あれから時間が経って、この国も音楽業界も大いに廃れ、同時にそれぞれの生活や環境も仕事も様々な変化があり、やがてクラブやライブ、
そしてヒップホップそのものからも遠ざかって、段々とフェードアウトするように腰を落ち着けていく、それが普通な事という流れの中に、時代の潮流に、
俺はこのアルバム「IN THE NAME OF HIPHOP」を投げかけたのです。まだ終わっちゃいねえ、と。それは高校生のラッパーやMCバトルなどのシーンの
賑やかな流行とは全くの別物です。判定される勝ちや他者への優位性や金や名声を求めるヒップホップが(それらを否定しているワケではありません)、
そういう境遇の人達、俺が最初に訴えかけたい人達には、最早新鮮な響きをもたらさないのは承知の上で、ではどんなメッセージを投げかけるべきなのか?
「LIFE STORY」からずっと自身に投げかけてきた問いにやっと答えを出す事が出来たのです。まだ終わっちゃいねえ、俺等の世代にも、これからを歌える
ヒップホップはまだある、という答えを、アルバム単位で投げかけてみたかった。それが俺のソロアルバム「IN THE NAME OF HIPHOP」の核心部分です。

既に手元を離れたあの曲達は、生活の中でフレッシュに鳴っていますか?一過性のトピックを歌った曲は1曲もありません。長く付き合ってやってください。


tha BOSS「IN THE NAME OF HIPHOP」リリース記念でTシャツを作りました。ツアー会場で売っていましたが、若干、数に余裕が出たので、ここの通販
サイトでも販売します。発売は1月25日(月)。予告ページはこちら。ポスター用に撮った写真を前面に(ロバート・デ・ニーロのある映画のあるシーンへ
のオマージュです)、背面に曲目がプリントされております。値段は4,320円(税込)。色は黒のみ。サイズはXL、L、M、レディースMです。こちら10月の
アルバムの発売日のようなパニックはないとは思いますが、欲しい人はお早めの注文を。完全売り切りで再販はありません。何卒、よろしくお願いします。

12月のツアーでもかぶっていて、問い合わせが多かった、ニューエラ製のTHA BLUE HERBの漢字ロゴのキャップ、迷彩色ヴァージョンは2月に通販予定!



ここからはtha BOSS「IN THE NAME OF HIPHOP」リリースツアーのレポートを。各地、多くのオーディエンスが参加してくれたおかげで大成功でした!
告知の拡散を手伝ってくれたり、実際に足でポスターやフライヤーを撒いてくれたり、各地の仲間の尽力、本当に助かりました。ありがとうございました。

リリースツアー自体は終わりましたが、2月からまたライブで各地を細かく回っていきます。スケジュールはこちらから。

ツアーレポートに写真も沢山上げてます。ファイナルの東京分は追ってアップします。


仙台。最近は石巻やアラバキに行っていたので、仙台市内は久々でした。こちとら今年初めてのライブって事もあるし、ツアー初日って事もあって、準備は
忘れ物があったりして結構バタバタでした。でも着いてMAILMANでgrooveman Spotと待ち合わせて、仙台ヒップホップの近況やレコード談義など、色々
話せて、こちらもリラックス出来た。ライブ自体、ここまで万全の準備はしてきたけれど、それでも余白は残してきた。あとは本番、その日のお客と一緒に
創っていくイメージ。そしてそのイメージを大きく越えて、ラフで熱いライブになった。そこで言ったけど、初日が仙台で良かった。ジャンル問わず集まって
くれて、上がってくれて、一緒にライブセットを完成に導いてくれた。こちらも旅に弾みがついた。ありがとうございました。矢舘、色々協力ありがとう。

福島。1年9ヶ月ぶり3回目。舞台はいつものNEO。会ってない間の仲間の皆の話を聞くのが楽しみだった。しかもこの日は般若も一緒。激戦必至だね。早く
着いたので色々と散策。LITTLE BIRDへ。昔から俺等が来ると参加してくれていたMARCYのお店。最高にリラックスした時間を過ごさせてもらいました。
箱へ。般若と再会。リハを終え飯へ。こちらも仲間のお店、ボヘミアンへ。気持ちのこもった逸品の数々をいただき準備万端。箱に戻ると般若がばっちり
ロックしていた。いいね。俺も負けてらんねえ。丑三つ過ぎ、ステージへ。この日も超熱いライブになった。皆の熱意がそうさせた。ステージ降りて客席で
ラップしてたもんね。最後は般若と「NEW YEAR'S DAY」。最幸!ありがとうございました。JDA、ナオ、学君、仲間の皆、貴重な時と話をありがとう。

名古屋。ちょうど1年ぶりの帰還。都内からPA&照明帯同で車で向かう。ここの時点で第3ラウンド。いい感じで身に付いてきてる。箱はクアトロ。ここは
過去何度もワンマンや強者達との対決でライブをやらせてもらってきた。言葉の解像度がとても高くて、俺自身、好きな箱の1つ。まずは飯を刃頭の店で。
久々の再会。リハへ。この日は「HELL'S BELLS」を一緒にキックするためにYUKSTA-ILLにも来てもらった。楽しみ。本番。この日から照明も加わっていた
のでトータルで表現したいライブが出来た。もう何度目かも解らないくらい名古屋ではライブをやってきたけど、アレが最新版です。東海中から集まって
くれた皆の前で披露する事が出来て、こちらも2時間半、通して大いに楽しみました。ありがとうございました。ワッシー、和尚、沢山の協力ありがとう。

北見。このツアー最北端。いつもの15時過ぎの特急オホーツク。4時間半の旅。俺、今年、北見に行くのは4回目。1月と5月にソロアルバムのリリックスを
書きに北見に長くいた。アルバムのリリックスの7割は北見で生まれた。だから北見で実際にそこで生まれた曲をライブで鳴らしにいくのが楽しみだった。
北見の皆も一丸となって、今回のライブの準備をしていてくれたし、何より、もう何度もやってきた北見でのライブの最高到達点を、そろそろがっつり更新
したかった。まずは龍巳で焼肉だ。相変わらずの日本一っぷり。スタミナ補充完了。からの本番。出てった時の歓声で、今夜のライブの成功を確信したよ。
至極の時間だった。楽しかったね。ありがとうございました。楽しみたい、というお互いの想いが結実した夜だった。アンスタクルー、最高!ありがとう。

札幌。前夜の北見の興奮も引き連れながらの、ホームへの帰還。前売りはソールドアウト。さすが。この時点で最高な夜になる事は約束されていたような
ものだったけれど、だからこその入念なリハ。舞台はベッシーホール。集まるお客、いつもの仲間、古くからの仲間、そして先輩。さあ始めよう。他の街で
その街の名前に変えてラップする所も、札幌ではそのままラップする。この当たり前のような事にホームでライブしている事を実感する。20年以上、札幌の
路上を見聞きしてきた物語だからね。全てがこの街のサウンドトラックなわけで。一語一語がリアルそのものの響きを持っていた。「S.A.P.P.O.R.A.W. 」や
B.I.G. JOEも駆けつけてくれての「WE WERE, WE ARE」とかね。本当に特別な時間になった。ばっちりな凱旋になりました。ありがとうございました。

大阪。1年ぶり。ツアーもそろそろノリが加速してきた。ここで大一番、梅田クアトロ。ここも音が良い。余計な力を入れなくても言葉が浸透していく感覚。
大きな会場だが、関西中から集まってくれたお客でばっちり埋まってくれた。道は前にしかない。ステージに出ていく。いつもは緊張や気負いが全身にのし
かかってくるんだけど、今回のツアーは割とそうではなくて、とてもリラックスしながらライブを出来ている。楽しめている。やっとそんな境地に行けた。
この日もそうだった。お客とのやり取り、笑いもあり、無論シリアスさもがっつりありで、2時間半越えるライブなんだけど、疲れを感じる事もなく、終始
楽しんだ。気心ってやつがお互い理解出来ているからかな。長い付き合いだもんね。ありがとうございました。ジン、ドンちゃん、沢山の協力ありがとう。

金沢。このツアー唯一の北陸開催。サンダーバードで一路北へ。金沢はこの3年間ライブをやってなかった。久々だったから外すわけにはいかない。だから
俺は9月の段階で金沢にポスターとフライヤーを撒きに行っていた。アルバムが出ます、と。12月にライブで帰ってきます、と。実際に面と向かって金沢の
街中を回ったんだ。やるべき事はやった。飯は金沢といえばの宇宙軒でとんバラ定食を。間違いない。本番。雰囲気と言葉と音、超ハマったね。とても深い
所に行って、そして皆で帰ってきた。最後は笑って終えられた。ありがとうございました。福井や富山からも沢山来てくれた。楽しい時間はあっという間。
名残惜しかった。ライブ後はブランコで地元の食材を使った美味すぎな品々で疲れを癒されました。ごちそうさまでした。明生、マジで色々とありがとう。

福岡。近郊によく行ってたんでそんなに久々って感じはなかったけど、こちらも3年ぶり。舞台はDRUM Be-1。正直、大きなキャパなので、少々の不安は
あったんだけど、リリースツアーだから、天井が高くて照明も音もばっちりな所でやりたかったんだ。何度もライブをやらせてもらってきたけど、福岡では
ここが1番だと思ってね。お客も福岡、小倉、久留米の仲間が告知に力を貸してくれたおかげで沢山集まってくれた。BUPPONも加勢に来てくれた。俺等は
1999年から来てるけど、それまでに数々の伝説の夜を見届けてきたけど、あの夜が1番だったと今も思ってるよ。終わり際、こっちは泣きそうになったよ。
ありがとうございました。ツアー後半戦を前に、信じて続けてきた事は間違ってなかったと確信する事が出来た。チャイ、オージロー、協力ありがとう。

沖縄。ツアー最南端へ。着くと気温27度。年末でこれは驚いた。湿度もたっぷりあって、乾燥にやられ気味だったから助かったよ。最近、那覇ではここって
箱、Output。この日はタテタカコ、水曜日のカンパネラと各地で色んな音楽家がライブをやるらしく、集客心配だったけど、那覇以外にも各地からばっちり
集まってくれたね。前日の福岡に続いて、この日も今までの沖縄での最高を更新した。シンクロしまくったね。交流が完全に極まっていた。皆の持ち寄った
想いがまっすぐステージ届いていた。ありがとうございました。打ち上げはノリでタテタカコチーム、水曜日のカンパネラのスタッフと合同でした!各自、
仕事をやり遂げての乾杯、楽しい邂逅だった。そのままLOVEBALLへ。那覇ホーミーの出迎えも温かく、良い酔いでした。上江洲、ナオキ、ありがとう。

広島。沖縄が異例な暖かさだっただけに、着いた途端に風邪引きそうになった。危ない。ここから最後の3連戦だ。箱は昨年もやらせてもらった4.14。すぐ
リハをやって本番に備える。街中がクリスマス、そして年末独特の賑やかさ。そんな忙しい中、沢山集まってくれた。懐かしい面々も見える。広島ももう
長い付き合いになってる。変化もあちこちに起こってる。そして俺等はそこを歌っていくんだ。昨日今日出てきたルーキーじゃない。そんな想いが皆にも
伝わった事が実感出来るエンディングだった。人それぞれの悲哀を胸に秘めながらも、それでも集まれたこの今を祝おうという気持ちが輝いて満ちていた。
ね?俺にはそう見えたよ。終演後、会場に残ってくれた広島の仲間、先輩。心地良い疲れと共に会話があちこちで咲いていた。ありがとうございました。

京都。ツアーセミファイナル。我等の第2の故郷。荒ぶる真夜中の木屋町への帰還。箱はOctave。今はなきウーピーズ時代に数えきれない伝説の夜を俺等に
お膳立てしてくれた仲間の始めた店。今年最後の週末だけに共演も豪華。山口からBUPPON、三重からYUKSTA-ILL、地元勢もクラナカやBONG BROS、
LIVING DEAD、鳥取からCOUMOLY。これまでこの街で出会ってきた音楽家、大集合。リハの段階から緊張感と共に、大きな安心があった。龍門喰って、
本番。この夜はヤバかった。ほんと、あれが夏だったら乗り越えれたかなっていう灼熱と空気の薄さだった。開始10分で既にぶっ倒れるかもって思ってた。
気力体力全て動員して乗り切ったよ。苦しかったけど、その分、達成感も格別でした。アレが俺等の底力だ。ありがとうございました。古谷、ありがとう!

東京。遂に辿り着いたツアーファイナル。本拠地恵比寿リキッドルーム。昨年の12月26日の般若とのツーマンもここだった。そこで俺は言ったんだ。必ず
来年はソールドアウトにしてやるって。有言実行。前売り完売。このヤマをものにして、今年1年良い年だったっていうエンディングが俺の書いたシナリオ。
絶対に外せない大一番。この日は般若、B.I.G. JOE、YOU THE ROCK★にも来てもらってる。そして一緒に曲を創ったビートメイカー、エンジニア、制作に
関わった人達も大勢来る。リハは入念に。でもね、ここまで来るとね、またいつもの心境でした。つまり、なるようになるってやつね。不安は言い出したら
キリがない。でも、この12月やってきた事を振り返ればさ、大丈夫だよ、やるべき事は全て体に染み付いてるって思ってた。本番。第一声から皆が一気に
沸点に上っていくのがステージで感じられた。流石1000人が一丸となって向かってくる時の熱量は半端ないね。これはこれまでのどの会場でもなかったな。
でも余裕。俺等はそれをずっと待ち望んでいたんだ。更に煽りまくる。新旧織り交ぜ、緩急織り交ぜ、気付けば3時間。奇跡的なバランスの調和だったね。
送り手と受け手の垣根を越え、期待と緊張も受け止め、俺等は皆で壮大な空間彫刻を創り上げた。多分良くなる、というイメージを現実にした。それらは、
言葉や声や音や光は、全てが最初から最後まで透明ではあるが、それらの集合体を皆ではっきりと見ていた。刻々と変化する様を3時間、皆で見て、そして
楽しんだ。そしてそれは、その空間彫刻は、客電がついた途端に消えていった。あの夜、という各々の記憶のフォルダの中に消えていった。夢の中と書いて
夢中と呼ぶにふさわしい、3時間という、短くも、同時に永遠を感じさせる一瞬だった。ありがとうございました。あの上はない。少なくとも現時点では。
あれが頂上だ。今はとてもそれを越えられるとは思えないけれど、また、登山口から始めるんだ。きっと越えられる。俺等はあの夜、越えられたんだから。


人生の最先端、ここがENTER。今日からまた手付かずな次の一周が待ってるよ。今年もよろしく!

ILL-B