3月。
もう3月。春近しですね。こっちもアスファルトが顔を出し始めてます。
4月中頃までライブを休んでまして、年明けからずっと制作に没頭しております。タイプの違うアルバムを2枚同時進行で手掛けてまして、どちらもそろそろ作業が
終盤です。アルバムね、よし作るぞってなってから、しばらくは取っ掛かり得るのにまずは長い時間が必要で、特にラップの場合は俺はあまり客演を頼まないので
必然文字数が多いんです。なので、アルバムの全体像以前に1曲1曲、それ以前に一言に意味を表して、一言一言を韻で繋げて意味を表して歌詞にしていくという、
ほんと気の遠くなるような段階がずっと続くんですね。そこから次は1番、2番とか、サビとか、イントロとかアウトロとか、それにビートを合わせて、声に出して
馴染ませて、いつも口ずさんで、色々と何度も試して、やっと曲という形になって、ではまた次の曲を最初から、その間にまた前にやった曲に戻って、直したり、
という感じでほんとコツコツと進んでいくんですね。兀々と。今はさ、SNSがあってさ、誰もが自分の言葉を外に投げかける事が出来ます。俺もそんな場を持って
いて、でも、そことこれとは俺的には同じ言葉でも全く別物でして。どっちもありですが、俺的に、ね。時勢を受けて反射的に言葉を投げていく。こんなぶっ壊れた
待ったなしな世相なんでね。ボケっとしてもいられません。それは普通に作詞の訓練としても有益だし、俺にもそんなモードの時はある。そしてそこでたくさんの
人に見つけてもらって、広げてもらって、いいねとかしてもらう。承認欲求っていうんですか、まあ解ります。ただこれはもう皆さん気付いてると思うんですが、
翌日になったらね、誰も憶えてないんです。もう次々来るんでね。俺も興味深い事を言ってるなって思う人や言葉には多々出会います。それはその日を生きていく
上で良きインスピレーションにもなったりする。でもね、もうそれが生身の人間が言ってるのか、AIが生成してるのかもいよいよ曖昧になってきてるからね。冷め
ちゃってる自分もいます。もっと気楽でいいよね、と。そこに考え抜いた自分なりの思想や信念を置こうという気があまりしなくなってくる。はっきり言ってさ、
誰かを糾弾したりバカにしたり、過激な文言を使ったり、多くの人に見てもらいたいってだけなら、うまいやり方なんてのは明白なんです。でも、そこじゃない。
そこじゃないけど、でも、自分の思想や信念があって、それを言葉にして外に出したいんだ。崩れかけてる世界、洗いざらいぶちまけたい。俺はそんな欲を持って
いて、それはそれは多くの人に聴いてももらいたいです。大切に、注意深く、一言一言に自分の人生を載せていくんです。それを売って、買ってもらうのです。
誰もが知ってるわけじゃなくても、俺が死んだ後もそれは鳴り続ける。俺の無念を慰めるかのようにさ。この世に生きて見て聞いた事、経験から導いた事、それを
俺の肉体が滅んでも、人様が時間を使うに足り、お金をいただくに値するに足る言葉で、ビートメイカーの力を借りて音楽で、残したいんです。遺したいんです。
歌詞、上記のように全く零の中空から掴み取る作業は自分の家ではやりませんね。いつものダンスフロアでフライヤーの裏にメモる事も相変わらずやってますが、
それはほんと思い付きって感じの、作詞よりももっと原始的な、感覚的な言葉です。やっぱり何日も誰にも会わずに、朝から晩まで考える、そういう時間が俺には
必要で、そこが俺にとっての作詞ですね。かつては海外に行ってそんな事をやってもいました。アパート借りて。でも最近はもうずっと日本で書いてます。一時期は
ずっと北見でやってもいました。今回のアルバムは函館で書いてました。もう何回行ったのかな。函館の郊外が俺の生まれ故郷で、なのでもちろん函館には多くの
思い入れがある。俺は高校までしかいなくて、卒業後札幌に出て行く。皆の故郷でもそれは起こった事かもだけど、そこから函館は街が縮小していく時代に入り、
たまに帰るとその進行は顕著で、このままどうなっていくのだろうってネガティブに感じてた。でもこの10年かな、いや、気付けばずっとあったのかも、この街の
底力。あったんだよね。確かに俺がいた頃のような人出も、賑わいもない。でもこの国自体もそうだけど、そんなのほんとたまたま一瞬で。俺みたいなその時代を
生きた奴から見たら寂しくもあるけど、じゃあ大きいとか多いとかがイコール豊かさなのかって話でね。今みたくすっかり虚飾が落ち切って、無駄に力も入れずに
佇んでいる姿は美しい。あちこち古いし錆びてるけど汚れてない。色んなとこ行ったけどここにしかない。いい店いっぱいある。ずっと残ってきた店や新しい店が
個性的な人々と共にあって、元々のユニークな地形、独特な歴史の行間に溶け込んでいる。全部は知りませんがいい街だなって思う。いい街だったんだなって。
そこにずっといるからこそ想う事、判る事もあるだろう。そして俺みたいにそこから離れたからこそ想う事、判る事もある。自分で見切りを付けて、函館を出て、
それからずっと札幌で暮らしている。札幌で出会った人達に受け入れてもらって、仲間になれて、札幌代表なんて気持ちでステージに立ったりもする。でも、でも
心のどこかで、ここじゃないどこかを常に志向してもいる。今もフラフラしてる。そんなだから函館を歩いてても今更ここの人間に戻れるなんて思っちゃいなく、
家を建てて家族としっかりその地に根を張って生きていく人達が羨ましくなったりも、する。自由ってのは、いつも身勝手で、故に寂しさと背中合わせで、か弱い
ただの思い込みでもある。そんな時出会い頭に思いがけず遭遇したりする。詩情に。立ち止まりメモって、そしてまた行きたい方向に歩き出す。風に吹かれて。
作業に戻ります。
ライブ、あちこち決まってきてます。冬を越えた先でまた会いましょう!
1曲贈ろう。
ILL-B
